
开始正视不孕症,却迎来日本医师的冷漠回应
我们两人经过讨论后决定开始不孕治疗。最初,我们怀抱著既期待又不安的心情,但那时我们单纯地认為,只要接受治疗就一定能够怀上孩子。然而,随著治疗的进展,我逐渐了解到,这个过程中需要进行各种检查和用药,妻子的身体承受著相当大的负担,而我什么也做不了,只觉得无助而充满挫败感。当时,我一心只想著:「只要克服这一切,就能迎接孩子的到来」,我不断思考自己能為妻子提供什么样的支持。
治疗持续了一段时间,然而胚胎迟迟无法著床。我们反覆接受投药、植入次数不断累积,却总是无法成功,这让我们身心俱疲,经济压力也随之增加。我原本以為医师们会在心理方面提供支持,但由于妻子的年龄偏高,医师竟然冷漠地说出:「年轻时应该比较容易成功」。这句话让我感到无比心寒,因為我们早已清楚自己的情况,才会选择接受不孕治疗。我本以為医院能站在患者的立场,理解我们的痛苦,但现实却让人失望。我们对医院的医师、工作人员,以及不友善的环境(例如硬椅子、阳光强烈而没有窗帘的窗户等)感到愤怒,但我们也别无选择,只能忍耐。我看著妻子日渐憔悴,内心充满了罪恶感。种种不满和不信任累积之后,我们决定转院,并持续与妻子沟通,甚至考虑过「领养」的可能性。
转往他院尝试借卵,结果仍不如预期
转院后,新医院的院长和工作人员都非常亲切,让我们感到温暖和安心。然而,在努力的妻子身旁,我依然感到无力,只能尽力提供支持。现实仍然不尽如人意,我开始担心妻子的身体状况,不希望她再承受更多痛苦,心中渐渐萌生了放弃的念头。
后来,由于卵子数量不足,我们开始考虑「借卵」。经过一番资料蒐集,我们偶然得知有关借卵的说明会,于是立即参加,最终决定前往台湾接受借卵。我们办妥了所有必要的文件,前往台湾时,心中充满了不安、不信任与期待交织的複杂情绪。当时,关于借卵的资讯并不多,我们只能抱著「必须去做」的决心,迎接植入的到来。我们相信这次一定能成功,然而,内心深处仍有著难以抹去的怀疑。我们為了初诊和三次胚胎植入多次往返台湾,但结果却始终不如人愿。我们陷入了「放弃、愤怒、走投无路」的消沉情绪中。就在这时,全球新冠疫情爆发了。我们无奈地安慰自己:「也许我们只是运气不好,有人成功了,只是我们不够幸运。」然而,这份无法消化的情绪随著时间流逝逐渐堆积。
在这段期间,我和妻子无数次坦诚地交谈,互相鼓励,彼此照顾。我们深思著我们的未来,以及如果能迎接孩子,孩子的未来会是怎样。我们反覆探讨,最终得出结论:「我们真的很想要一个孩子。」即使这份渴望带著一点自私,但我们坚信,这份超越一切的爱和羁绊,能让我们携手走过未来的人生。因此,我们决定重新开始不孕治疗。此时,疫情已逐渐趋缓,我们联络了早已调查过的「送子鸟」,并正式啟动相关手续。
一路颠簸,最终在送子鸟迎来新生命
在送子鸟日本组团队一次又一次地鼓励我们「一定会成功、没问题的」声音中,我们重新开始了不孕治疗。但在那时,我看到妻子的神情中,似乎充满了「这样做可能也是白费力气吧」的担忧。于是我对她说:「既然已经开始了,我们就向前看,继续努力吧。」其实,过去的经历早已成為我们的阴影,我自己也非常不安,这句话不仅是对她说的,也是对自己说的。
终于,我们前往台湾,迎来了植入的日子。侭管过去已经经历过多次植入,但我们的内心仍然充满了不安和怀疑。我记得,当时我不断询问咨询师关于胚胎的等级和其他细节,应该被视為相当麻烦的患者,但我已经无暇顾及这些,只想确保一切顺利。
回到日本后,在日本的不孕治疗诊所,我们比预定时间提前一週确认了怀孕。当妻子流著眼泪从诊疗室走出来时,那一幕我至今记忆犹新。我当时无法确定她的眼泪是成功还是失败的结果,直到她说出「我怀孕了」的那一刻,我的心跳才平复下来。然后,我们两人都流著眼泪,无法抑制地欢喜。那一刻的感动,我至今仍清晰地记得。
之后,每週的产检,我们都满怀喜悦地见证宝宝一点一滴地成长。我们也联络了送子鸟,他们和我们一样感到由衷的高兴。我看到妻子幸福的笑容,内心充满了感激与祈愿:「请让这个宝宝平安长大,健康地来到这个世界。」送子鸟的医师、咨询师,以及一直陪伴我们的日本组团队,真的让我们充满了感谢。
现在回想起来,植入后的日子裡,我们获得了无微不至的照顾,我真的从心底感谢他们。在即将从送子鸟、不孕治疗诊所毕业的日子裡,我们仍然有些不安,担心宝宝是否能够顺利成长。期间,妻子出现了几次出血或身体不适,每当我们联繫送子鸟时,日本组团队都能迅速且准确地提供指导。尤其是负责说明的咨询师,完全没有一丝不耐烦,总是给予我们最妥善的支援。妻子虽然面带不安,但依循著指示,进行投药或卧床休息,让我们得以平安度过每一次的危机。
侭管我们时常联繫送子鸟,甚至有些不好意思,毕竟还未「正式毕业」,但除了那位我们的单窗,我们找不到其他可以依靠的人。我们从未想过能够获得如此周到的照顾,内心充满了无限的感激。
现在,我们已经顺利从送子鸟、不孕治疗诊所毕业,现正定期前往产院,等待宝宝的出生。所有的检查结果都很顺利,宝宝非常健康,目前也进入了妊娠后期。即使毕业后,我们依然透过LINE向送子鸟报告每次的孕期检查。看著妻子安慰、喜悦的表情,我觉得她现在应该是人生中最幸福的时刻。
当然,有许多人也在其他地方取得成功,但我们的路走得格外迂迴,经历了许多事情,辗转于不同的诊所,最终能遇见送子鸟,真的是我们的幸运。对于H小姐、C小姐、K小姐,以及所有诊所的成员,我们真心地表示感谢。我们期待著能带著宝宝一起回到台北的送子鸟探访,并且在那之前,我们会和妻子一起努力,将宝宝健康地抚养长大。请大家期待我们的到来!
原文:
夫から见た不妊治疗
夫妇で话し合い不妊治疗を始めました。当初は赤ちゃんが授かると言う期待と不安がありつつも、この时は治疗すれば授かるものだと思っていました。実际には様々な検査や投薬があり、妻の体にかなり负担がかかるということが分かってきて、私は何もできない无力感でいっぱいでした。これを乗り越えれば赤ちゃんが授かる、その思いだけで、自分にはどんなサポートができるだろうと、そればかりをいつも考えていました。
治疗を进めていくと、なかなか着床しないことが続きました。缲り返される投薬、回数ばかり重なる移植、着床しないことに肉体的、精神的、そして金銭的苦痛が増えていきました。こちらとしては、ドクターたちがメンタル面でもサポートしてくれると思っていましたが、年齢が高齢だったので「若い时ならうまくいくんですけどね」と心无い言叶を浴びせられ、分かっている、だから不妊治疗をしているのに、もっと患者の立场に立ってもらえると思っていたのに、とたくさん言いたいことを饮み込んでいました。ドクターの対応、スタッフの対応、病院の无神経な设备(かたい椅子、日差しが强くカーテンのない窓など)病院に対して苛立ちを感じつつも頼るしか无く、何も言えずに我慢。妻を见るたびに痛々しく、罪悪感すらおぼえ、不満や不信感が募り転院を决断、その后も常に妻と话し合い、特别养子縁组を考えることもありました。
新たに不妊治疗を始めた転院先の病院では、院长はじめ暖かいスタッフの方々がとても亲身になってくれましたが、顽张る妻の横で无力な私は、役に立っているかも分からず、とにかくサポートすることしかできませんでした。そして现実はなかなかうまくいかず、もう妻に负担をかけたく无い、妻の体が気になる、と谛める気持ちになっていました。
その后、卵子がなかなか得られないこともあり、卵子提供のことを考え始めました。病院にも相谈したり、色々情报を调べていると、偶然日本での説明会があることを知りすぐに参加、そして台湾で卵子提供を受けることを决めました。様々な书类手続きを済ませ台湾へ向かいましたが、当时は卵子提供についての情报があまりなかったため、不安感と正直不信感と期待が入り混じった状态でした。
やるしかないと言う思いで迎えた移植、これでやっと赤ちゃんが授かると信じるしかなく、かなり失礼ながら、胡散臭さは拭えませんでした。初诊日と3回の移植のために台湾に行きましたが、结果には结びつかず「谛め・苛立ち・八方塞がり」、そんな沈んだ気持ちの中、ついにコロナ祸が始まってしまいました。胜手な思いですが「骗された、仕方がない、うまくいった人もいる、私达がついてないだけ」と心の整理がつかないまま月日が流れました。
その间、妻と2人で何回もお互いの想いを话し合い、励まし合い、労り合いました。私达の今后の人生や、もし授かったら歩むであろう子供の人生、本当に本当に深く深く考えました。そして出した结论は「私达は子供がほしい」。たとえエゴでも、それをはるかに超える爱情と绊で共に人生を歩んでいこうと2人で决め、不妊治疗を再开しました。その顷にはコロナ祸もかなり落ち着き、以前から调べていたコウノトリさんに连络をし手続きを始めました。
日本语コンサルタントチームの方々にはきっと大丈夫、うまくいきますと何回も何回も励ましてもらいながらスタートしましたが、その时の妻の様子は、やっても无駄になるのではないか、とかなり気にしているように私には见えました。私はとにかくスタートしたのだから、前だけを向いて进んでいこうと声をかけました。过去のことがトラウマで、私も相当不安だったため、自分にも言い闻かせるように言っていました。
そしていよいよ台湾に行き、移植の日を迎えました。当然、ここまでの工程は何度もやってきているので、まだまだ不安や不信はありました。受精卵のグレードの事や色々なことが気になり、何度もスタッフの方に寻ねたりしたので、多分相当手のかかる患者だと思われていたと思うのですが、そんなことを気にしている状况ではなかったのを覚えています。
そして日本に帰り、日本の不妊治疗クリニックで予定よりも1週间早く妊娠を确认することができました。妻が涙を流しながら诊察室から出てきたのをいまだに鲜明に覚えています。うまくいったのか駄目だったのかどちらの涙か分からなかったので、私は妻が妊娠したと言う言叶を発するまで本当にドキドキでした。そしてしばらく2人で涙を流して喜んでいたのを今でも鲜明に覚えています。
その后も毎週病院に通い、赤ちゃんが少しずつ育っていくのを2人で本当に喜んでいました。コウノトリさんにも连络をし、本当に私たちと同じように喜んでくださったのを覚えています。私は妻が喜ぶ姿が本当に嬉しくて、どうかこのまま赤ちゃんが成长し生まれてきて欲しいと切に愿っていました。
コウノトリさんのドクターはじめ、スタッフの皆さん、私たちとずっとお付き合いしていただいた日本语コンサルタントチームの皆さんには、本当に感谢の気持ちでいっぱいでした。
今思うと、移植后からが本当に素晴らしいサポートをしていただいたなと心から感谢しています。コウノトリさんの卒业、不妊治疗のクリニック卒业に向けて、まだまだ赤ちゃんが无事に育ってくれるか不安な日々を过ごしている中、何度か出血があったり、妻が何か体调がおかしい、赤ちゃんがもしかしたら…とそんなことが何回かあり、その都度、コウノトリさんへ连络をすると、日本语コンサルタントチームの方々が的确なサポートをしてくださいました。特にコウノトリさんでご説明をしていただいた担当のスタッフさんが本当に本当に嫌な顔1つせず、俊敏に的确に指示をくださったので、妻は不安な顔をしながらもそれに従って投薬、横になったりと対処することができました。
コウノトリさんには、卒业前とはいえこんなに何回も连络してもいいのかな?と申し訳なく思いながらも、担当のスタッフさん以上に頼る人はなく、相当お手をわずらわせました。ここまでサポートしてくださるとは心にも思っていませんでした。本当に本当に心から感谢しております。
コウノトリさんを卒业、不妊治疗クリニックも卒业し、今は産院に通いながら出産までの日々を过ごしています。病院で行った様々な検査も问题なく、赤ちゃんはとても健康で、早くも后期に入りました。コウノトリさんを卒业してからも、何度もLINEメール等で妊妇検诊の报告をさせていただいております。私から见ていても、妻の安堵感・喜びの顔、本当に今まで辛い思いをしてきたので、今が多分人生で最高に幸せだと思ってます。
もちろん、いろんなところで成功される方はいらっしゃると思いますが私たちは本当にかなり远回りをして、たくさんの経験をし、いろいろなクリニックを回ってきたのでコウノトリさんに出会えて本当によかったです。HさんCさんKさん、クリニックのメンバーの皆様には本当に感谢しております。赤ちゃんと一绪に台北コウノトリさんへ行くことを楽しみに、そこまで妻と奋闘して赤ちゃんを育てていきたいと思っています。皆さん待っててください。










虽然在初诊前确认了过去的病史,但我们只能揣测您当时的心情。直到看到您此次寄来的体验谈,我才真正了解当时您夫妻的心境。随著年龄的增加,治疗往往难以见效,这确实是一条非常艰辛的道路。选择借卵这条路,并与我们的诊所结缘,能够一次就成功,让我们感到非常高兴。
(投稿后不久,顺利诞下了一个健康的男孩!)
从初诊到植入,我们通过Email以及电话进行了许多交流。而每次电话中,总能听到先生那开朗的声音。他总是那么亲切地交谈,让我们从未觉得这是一件麻烦的事情。
如果我们日文咨询师的支持,能让他们夫妻感到一丝安心,那对我们来说就是最大的喜悦。
请一定要来台北玩!我们已经非常期待与您再次见面了。
卵子数
正常受精
胚胎
植入
ERA
结果
22
16
5
2颗D6/5BC
PGS未切片
121
顺利生男宝宝